同事というは不違なり

三月十一日に起きました東北地方太平洋沖大地震では沢山の尊いいのちが失われ、未だに安否が分からない多くの人がおり、この度の震災の甚大さが解かります。お亡くなりに成られた多くの方の冥福をお祈りし、被災者の皆様に心よりお見舞い申し上げます。
わたしどもも七年前の中越地震では多くの人が被災し、当山も庫裏、本堂等全壊の被害を受けました。本堂は修復再建し庫裏を新築しました。檀信徒の皆様をはじめ、多くの人に助けて頂きました。地震より七年目を迎えて、中越地震の傷が癒えたかと言うと本当の意味の復興はまだまだ長い道のりですが皆様のご協力に感謝致しております。この度の東北を襲った地震と津波また原発の問題などの被害の状況を考えると復興には沢山の時間と多くの人たちの力が必要でしょう。今日本中から、世界から被災地を支援する声が上がっています。被災地を助けようと多くの義援金が集まり、多くのボランティアが活動を始めています。皆さんの慈悲心に救われる思いがします。「修証義」の中に同事というは不違なり、自にも不違なり、佗にも不違なり。たとえば人間の如来は人間に同ぜるがごとし、佗をして自に同ぜしめてのちに、自をして佗に同ぜしむる道理あるべし、自佗は時に随うて無窮なり、海の水を辞せざるは同事なり、是故に能く水聚りて海となるなりとあります。自佗の違いがなく区別も差別も存在しないことです。他に起こったことは自分に起こったこととして受け入れると言う事です。この度の被災者の支援は言い換えれば同事行です。この度駅前に東北地方震災の支援を募ったとき、多くの人たちが協力してくれました、特に若い子達が協力してくれました。有難う御座いました。被災地への同情もあると思いますが、他を利する行いは自分が救われている一面があるのです。このような震災が無くても同事行、利他行が社会全体にいきわたればと思います。被災地に小林幸子さんがお米とお菓子を届けて、「皆さんはもう頑張らなくてもいい、わたし達が頑張るから」と言っていました。本当にそのとおりです。家族も家もすべて失った人たちにすべて元どおりにしてあげることは出来ないのですが、もう一度、自分の力で立ち上がれるように手助けをするだけです。その為には被災に遭っていないわたし達が頑張り、今まで以上に活力を取り戻さなければなりません。早く原発の問題も解決して復興に向けて立ち上がれる日が来てほしいと切に思います。何年か前にある事件の報道の中で、被害者の遺品の中から、一枚のメモ残されていました。そのメモには「真心を尽くすことは、他人にはわからなくても、自分の支えになる」と書かれていたそうです。残された遺族はその言葉を免許証に張って持ち歩いていると報じられました。真心を尽くすと言うことは、他を思いやること、心底他のために尽くすことです。言い換えれば利他行と言うことになります。利他行は相手には解からなくても、それは自分の生きる力、支えになるになるのです。

合掌